大判例

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仙台高等裁判所 昭和34年(ネ)442号 判決 1966年7月18日

主文

(一)本件控訴を棄却する。

(二)原判決第一項を次のとおり訂正する。

「控訴人らは被控訴人に対し、

一、山形市七日町五七〇番の二、家屋番号二六区第四四号木造亜鉛メツキ鋼板葺平屋建兼居宅建坪一三坪五合を収去して山形市七日町字東前五七〇番の二宅地一八坪及び同番の三宅地二坪四合七勺を明渡せ。

二、山形市七日町字東前二七四番の一寺院境内地三五四坪七合四勺の内東南隅間口六・六〇六〇メートル(二一尺八寸)、奥行六・五一五一メートル(二一尺五寸)の土地の上にある木造亜鉛メツキ鋼板ぶき二・七二七二メートル(九尺)に三・二七二七メートル(一〇尺八寸)の小屋及び六・六〇六〇メートルと六・五一五一メートルの板囲を収去して右土地を明渡せ。」

(三)控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。なお被控訴代理人は、当審において、請求の趣旨を次のとおり訂正した。

「控訴人は被控訴人に対し、

一、山形市七日町五七〇番の二、家屋番号二六区第四四号木造亜鉛メツキ鋼板葺平屋建店舗兼居宅建坪一三坪五合を収去して、山形市七日町字東前五七〇番の二宅地一八坪及び同番の三宅地二坪四合七勺を明渡せ。

二、山形市七日町字東前二七四番の一寺院境内地三五四坪七合四勺の内東南隅間口二一尺八寸、奥行二一尺五寸の土地の上にある木造亜鉛メツキ鋼板ぶき九尺に一〇尺八寸の小屋及び二一尺八寸と二一尺五寸の板囲を収去して右土地を明渡せ。

三、訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」

当事者双方の事実上、法律上の陳述、証拠の提出、援用認否は、

控訴代理人において、

「一、控訴人ら先代亡加藤七五郎(以下亡七五郎と表示する)は、本件(A)地(山形市七日町字東前五七〇番の二宅地一八坪を指す)及び(B)地(同所五七〇番の三宅地二坪四合七勺を指す)の両地を、大正一一年八月一五日以来建物所有の目的で、被控訴人に対して賃料として一ケ月金一円七〇銭の割合(後に金二円に改定)を支払い、平穏、公然、善意且つ無過失にこれを占有してきたものであるから、右占有の始期より一〇年を経過した昭和七年八月一五日、右土地につき

賃料  一ケ月  金二円

期間  昭和七年八月一五日より三〇年

とする賃借権を時効により取得し、右期間満了により法定更新され、昭和五七年八月一四日までその期間が存続する。よつて右時効を援用する。

かりに亡七五郎の右占有がその無過失にあらずとすれば、賃借人としての占有を二〇年継続した昭和一七年八月一五日

賃料  一ケ月  金二円

期間  昭和一七年八月一五日より三〇年

とする賃借権を時効によつて取得したものである。よつて右時効を援用する。

二、亡七五郎は本件(C)地(山形市七日町字東前二七四番の一寺院境内地三五四坪七合四勺のうち東南隅間口二一尺八寸、奥行二一尺五寸の土地を指す)についても、賃料一ケ年金五円の割合で支払つていたほかは、その占有の態様は前項の(A)(B)両地について述べたところと同様であるから、亡七五郎は(C)地についても賃料を一ケ年金五円とするほか前記(A)(B)地とその内容を同じくする賃借権を時効によつて取得したものである。よつてここに時効を援用する。

なお、大正一一年八月一五日時当は、明治六年太政官布告第二四九号、明治九年教部省達第三号及び明治三六年内務省令第一二号の趣旨に基き、寺院所有地の賃貸借契約は、当該官庁の許可を受けなければ無効であつたが、この制限は右所有権、地上権、永小作権、賃借権等の時効取得には何等妨げとなるものではない。

三、明治六年太政官布告第二四九号は、昭和一四年法律第七七号宗教団体法により廃止となり、明治九年教部省達第三号、明治三六年内務省令第一二号は、昭和二〇年勅令第七一九号宗教法人令によつて失効したものであり、若し失効しないとしても右省令違反の行為の瑕疵は、宗教法人令及び宗教法人法(昭和二六年法律一二六号)の施行によつて治癒されたものである。

かりに前記省令、布告、達が失効していないとしても現行憲法第二〇条により少くとも宗教法人令(旧宗教法人に関して)、宗教法人法の規定の限度において修正されているものと解せらるべきもので、従つて本件賃貸借契約が右省令、布告、達に違反しても宗教法人法第二三条の要件を実質的に充足する行為があれば瑕疵の治癒が認められ有効と解すべきである。而して宗教法人法第二三条によれば、宗教法人がその所有の不動産の処分をなすには信者その他の利害関係人に公告すれば足りるものであるところ、亡七五郎は被控訴人より本件(A)(B)(C)の各土地を三九年の長期にわたり公然と借受けて使用してきたものであるから、公告の趣旨も十分に充たされている。よつて本件賃貸借契約の瑕疵は治癒されたものである。

四、賃貸借契約成立後三〇有余年を経た今日、成立当時の無効の主張を認めることは、既に確立している事実を不当に破壊するもので、近代における権利失効の原則の思想からいつても信義則に反し、権利の濫用といわざるを得ない。

五、亡七五郎は昭和三五年一〇月一七日死亡し、控訴人らは相続人として亡七五郎の権利義務を承継した。」

と述べ、

被控訴代理人において、

「一、控訴代理人主張のごとく、亡七五郎が本件(A)(B)(C)地を大正一一年八月一五日から賃借の意思で平穏公然、且つ無過失に占有し、賃料の支払もして来たことは認める。

二、本件(C)地は国有地の一部であって、昭和二四年七月三〇日、被控訴人に譲与されたものである。従つてそれ迄は寺院境内地として公用に供せられていた国有地であるから、公用を廃するまでは取得時効の対象とはならない。

三、また本件(A)、(B)地について、仮に亡七五郎が取得時効によつて賃借権を取得したとしても、亡七五郎は被控訴人の宗教活動を妨害するので解約申入をなし、右賃借権は消滅した。」

と述べ、

証拠(省略)

理由

当裁判所の判断は次に附加する点を除いては原審の判断と同一であるから、原判決の理由(但し原判決中「被告」とあるのはすべて「控訴人ら先代亡加藤七五郎」と訂正する)をここに引用する。

一、控訴代理人は、亡加藤七五郎が本件(A)(B)(C)各地につき時効によつて賃借権を、取得したと主張する。しかし、本件のごとく、その土地の占有の開始時はもとより、時効の完成時たる昭和七年(又は昭和一七年)においても、被控訴人がその所有地を他に賃貸するには主務官庁の許可を要し、許可なければ右賃貸借は法律上効力を有しない場合にあつては、右許可が与えられない限り、いかに長期間、当事者間に事実上の賃貸行為が継続したとしても、この事実に基いて土地の占有者が有効な賃借権を取得するには至らないものといわなければならない。尤も控訴代理人指摘の所有権、地上権、永小作権のごとき物権であれば、本件土地についても、主務官庁の許可とは関係なく、時効取得が可能ではあるけれども、これらの物権の時効取得と本件のごとき賃借権の時効取得とは、全くその趣を異にするものと解するのが相当である。賃借権は賃貸借契約が有効に成立したことを前提とするものであるところ、時効によつて、曾てなされた許可なき無効な契約が有効化することはない。而して、本事案では、賃貸借契約の成立については、主務官庁の許可を要するものであること前述のとおりであるから、右許可のない本件においては、時効取得の成立する余地は、ないものといわざるをえない。よつて控訴代理人主張の時効取得の抗弁はすべて理由がない。

二、控訴代理人は、次に、明治六年太政官布告第二四九号、明治九年教部省達第三号、明治三六年内務省令第一二号は、いずれも現在においては失効したものであり、そうでないとしても宗教法人法の規定の限度において修正されたものであるから、本件賃貸借契約の瑕疵は治癒されたものであると主張するが、法律行為の有効無効はその行為の当時の法令によつて判断すべきものであり、現行の宗教法人法を既往の本件賃貸借契約に遡及して適用する余地はない。よつて所論は理由がない。

三、なお、控訴代理人は被控訴人の本訴請求が信義則に反し、権利の濫用にあたると主張するが、原審における被控訴人代表者本人尋問の結果並に弁論の全趣旨よりみて、本訴請求は信義則に反するとも、権利の濫用であるとも認められない。

四、よつて亡七五郎は被控訴人に対し、本件各土地を、その地上物件を収去して明渡す義務を負うものであるところ、亡七五郎は昭和三五年一〇月一七日死亡して控訴人らが相続人としてその権利義務を共同して承継したものであること記録上明らかである。よつて控訴人らに対して本件各土地を、地上物件を収去し明渡すことを求める被控訴人の本訴請求は正当で本件控訴は理由がないので、これを棄却する。

なお、被控訴代理人は、当審において請求の趣旨を訂正し、その収去すべき目的物を明確にしたので、原判決の主文を訂正した。

訴訟費用の負担については、民事訴訟法第九五条、第八九条に従つて主文のとおり判決する。

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